本当に難しいのは、次の問いです。
今回のトレーニングがなぜこうなったのかを、AI にどう理解してもらうか?
これは Fit2AI 2.1 の開発で、私たちが特に考えたことの一つです。
このバージョンでは、COROS のデータを Fit2AI の AI 分析の流れに、より深く取り込むようになりました。
単にデータの取得元が一つ増えた、ということではありません。
それ以上に大切なのは、AI が「一回の練習を見る」ことから「ある期間のトレーニングを理解する」ことへ進むための試みを始めた点です。
一回のトレーニングだけでは、情報が足りない
今日、10km の閾値走を終えたとします。
平均ペースは 3:40/km。
平均心拍数は 175。
この数字だけを AI に渡しても、もちろん分析はできます。
でも、すぐに疑問が出てきます。
この人にとって 3:40/km は速いのか、遅いのか。
心拍数 175 は、この人にとって普通なのか。
後半のペースダウンは走力不足なのか、それとも最近の練習による疲労なのか。
先週と比べて、今回の練習はどうだったのか。
今は基礎期なのか、強化期なのか、それともレース前なのか。
過去のデータがなければ、多くの判断に必要な文脈が欠けてしまいます。
だから、私たちはこう考えています。
AI による運動分析で本当に重要なのは、モデルがいくつの指標を見るかではなく、どれだけ有効な文脈を持っているかです。
COROS が提供するのは、一つの Activity だけではない
COROS には、トレーニングを理解する助けになるデータが数多くあります。
もちろん、一回の運動記録そのものも重要です。
ペース、心拍数、ピッチ、距離、標高、そして各段階でのデータの変化は、その練習で何が起きたかを知る手がかりになります。
ただ、複数の練習をまたいでデータを見るようになると、さらにおもしろくなります。
AI は、こんな比較ができるようになります。
最近、練習量はどう変化しているか。
似た練習の出来に変化はあるか。
同じペースでの心拍数は変わったか。
高強度の練習と練習の間に、十分な回復時間があるか。
閾値に関する指標は変化しているか。
ある回の不調や異変は単発なのか、それとも続いている傾向なのか。
このとき AI が向き合っているのは、もはや一枚の練習記録ではありません。
ある期間のトレーニング履歴です。
すべてのデータを、そのまま AI に渡すわけにはいかない
ここには、実装上の現実的な問題もあります。
運動データは、とても多いのです。
1時間のランニングにも、たくさんの測定記録が含まれます。過去数十回の練習の生データをすべてモデルに渡せば、コストが高くなるだけでなく、よりよい結果につながるとも限りません。
データが多ければ、自動的に得られる情報も増えるわけではありません。
そのため、Fit2AI が担う重要な仕事の一つは、次の変換です。
運動データ
これを、次のものに変える。
AI が有効に理解できるトレーニングの文脈。
問いの種類が違えば、必要なデータも変わります。
例えば、ユーザーがこう聞いたとします。
「今日はなぜ最後の2キロでペースが落ちたの?」
この場合は、その練習のペース、心拍数、区間ごとの変化が中心になるでしょう。
例えば、ユーザーがこう聞いたとします。
「最近、閾値ペースが落ちているのはなぜ?」
こちらなら、今日のデータを見るだけでは明らかに足りません。
分析の範囲を過去の一定期間に広げ、関連する練習や指標の変化を探す必要があります。
では、質問がこうだったらどうでしょう。
「最近、トレーニングを攻めすぎていない?」
見るべきものは、練習頻度、強度の分布、トレーニング負荷、回復の関係かもしれません。
だから、Fit2AI でデータベースの中身をそのまますべてモデルに送ることは望んでいません。
本当に解決すべきなのは、この問いです。
ユーザーが質問したあと、AI に何を見せるべきか?
データの検索から、トレーニングの文脈へ
私たちは次第に、Fit2AI の AI 分析をいくつかの段階に分けて捉えるようになりました。
最初に、ユーザーの質問があります。
次に、その質問にはどのようなトレーニング情報が必要かをシステムが判断します。
続いて運動データから関連する内容を取得し、生データを分析しやすい構造に整理します。
最後に、その情報とユーザーの質問が一緒になって、AI の文脈を構成します。
簡単に表すと、こうなります。
ユーザーの質問
必要なデータを判断
COROS のトレーニング情報を取得
トレーニングの文脈を整理
AI 分析
さらに質問を重ねる
単に FIT ファイルをアップロードする場合との大きな違いは、問いに応じてデータを取り出せるようになることです。
ユーザーが過去のある日の練習を自分で探し、一つずつアップロードする必要はありません。
トレーニング履歴そのものが、対話の一部になっていきます。
「トレーニングの採点」より、対話が大切
多くのスポーツ製品は、最後にトレーニングの評価を示します。
良好。
普通。
回復不足。
トレーニング負荷が高すぎる。
もちろん、こうした結果にも価値はあります。
ただ、Fit2AI では、ある大切な力を残しておきたいと考えています。
さらに聞くこと。
AI がこう言ったとします。
「後半で心拍数が明らかに上がっています。」
ユーザーは、続けて聞けます。
「天気が原因の可能性は高い?」
そして、さらに聞きます。
「先月の 15km 閾値走と比べるとどう?」
さらに続けて、
「では、来週も同じ練習をしたほうがいい?」
トレーニングデータが対話の文脈になると、AI 分析は一度きりの「レポート」から、少しずつ掘り下げられる問題解決の過程に変わり始めます。
これは、Fit2AI と従来の運動データ Dashboard の大きな違いの一つです。
AI は、自分が何を知らないかを知る必要がある
データを取り込むほど、むしろ別のことを強く意識するようになりました。
運動データは、いつも不完全だということです。
時計は、あなたの心拍数を知っています。
でも、昨夜なぜ4時間しか眠れなかったのかは、知らないかもしれません。
今日のペースが落ちたことは分かります。
でも、外が 32°C だったことは、分からないかもしれません。
練習量が増えたことは見えます。
でも、今日の主観的な感覚はとても楽だった、ということは知りません。
そのため、Fit2AI の目標は「AI は何でも知っている」と感じさせることではありません。
むしろ、システムには次の区別をつけてほしいと考えています。
どの結論がデータに基づくものなのか。
どれが可能性のある説明にすぎないのか。
どの情報が、まだ足りないのか。
重要な情報が足りないとき、よい AI は無理に答えを出すのではなく、ユーザーにさらに質問するべきです。
データを記録することから、使うことへ
この十数年で、運動デバイスは一つの重要な問題を解決しました。
トレーニングをどう記録するか。
今、私たちの手首にはとても高性能なセンサーがあり、スポーツプラットフォームには個人の練習履歴が長く積み重なっています。
そこで、新しい問いが生まれます。
すでにあるこのデータで、次に何ができるのか。
Fit2AI 2.1 への COROS データの取り込みは、私たちにとって、その方向への一歩にすぎません。
トレーニング履歴を、ただ長くなっていく Activity List で終わらせたくありません。
検索でき、比較でき、分析でき、そして問いかけられるものであってほしいのです。
そして、あなたがこう聞いたとき、
「最近の自分のトレーニングは、結局どうなの?」
AI に見えているのが今日だけでは、足りません。
今日に至るまでの過程を、知っていてほしいのです。
そこにこそ、AI が運動データの体験を変えられる可能性があると、私たちは考えています。